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アメリカの「三重苦」が「株価急落」を招く懸念

いらつく場面が増えたトランプ大統領。株価はそんなことなどおかまいなしに急騰しているが、大丈夫なのだろうか(写真:ロイター/アフロ) いらつく場面が増えたトランプ大統領。株価はそんなことなどおかまいなしに急騰しているが、大丈夫なのだろうか(写真:ロイター/アフロ)

 5月29日の午後遅く、アメリカのドナルド・トランプ大統領はホワイトハウスで記者会見を開き、中国に対する今後の方針を発表した。

 中国政府が全人代(全国人民代表大会)で香港に対する国家安全法の適用を決定したことを受けて、香港から自治を取り上げ、「1国2制度」の方針を反故にしたと強く批判した。また新型コロナウイルスの感染拡大に関しても、その責任は中国にあるという、これまでの主張を厳しい口調で繰り返した。さらには世界保健機関(WHO)との関係を断つことを正式に表明、拠出金は他の公衆衛生分野に振り向ける意向も明らかにした。

■「ミネアポリス」で「中国批判」が吹き飛んだ

 だが、記者団をかなりの長時間待たせた上で始まった会見には、スティーブン・ムニューシン財務長官やマイク・ポンペオ国務長官も同席していたが、結局は10分弱ほど一方的に自己の主張を述べただけで打ち切り、記者団からの質問も一切受け付けないままにそそくさと退場してしまった。

 大統領が記者からの質問を受け付けなかったり、回答を拒否したりすること自体は特に珍しいことではない。だが、この時の大統領は「心ここにあらず」といった感じで、精神的にもかなり追い詰められているのではと感じた向きは少なくなかったのではないか。

 それはもちろん、ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイドさんが白人警官の暴行を受け、首の付け根あたりを足で長時間押さえつけられたことによって死亡したことに対する抗議運動が拡大し、一部が暴徒化し始めた事件だ。このことが、彼の頭の中にあったことは間違いないだろう。報道によると、会見の原稿にはミネアポリスの事件に関する言及も盛り込まれていたのだが、大統領はそれを全部すっ飛ばし、短時間で切り上げた。記者団の質問を受け付けなかったのも、恐らく中国問題ではなくミネアポリス問題に触れられたくなかったからなのだろう。

 ミネアポリスの事件に対する抗議行動はすでに全米の50都市以上に拡大、首都ワシントンDCやニューヨークなどで夜間外出禁止令が発動される事態となった(NY市は6月8日午前5時まで)。一部の州では州兵が動員され、治安維持に当たっていると聞く。

 トランプ大統領は5月30日、州政府からの要請があった場合には連邦軍を派遣するとの用意があることも表明した。これは極めて異例の事態で、前回は1992年のロサンジェルス暴動にまでさかのぼる。そのときも、黒人青年が白人警察官に暴行を受けた後、この警戒が無罪になったことへの抗議が発端となった。人種差別に対する抗議行動を、警察や軍が強権によって抑え込もうとすると、返って暴動が激化しかねないだけに、行政の対応にも慎重な態度が求められる。

■新型コロナの感染再拡大も依然大きなリスク

 こうした一連の問題は、ようやくロックダウンを緩和する動きが見られるようになり、活動再開への期待が高まりつつあった米国にとって、二重の意味で大きな打撃となるだろう。

 一つは暴動によって、都市機能がさらに麻痺してしまうことの影響だ。夜間の外出禁止令は、夜間にはさらに厳しいロックダウンが行われるということだし、昼間でも抗議行動に伴うトラブルに巻き込まれないようにするため、外出を控える人が多くなる。略奪などを恐れ、スーパーなどでも営業を見合わせるところが出てくる。ディスカウントストア大手のウォルマートやターゲットなどは、一部の店舗を閉鎖した。

 もう一つは、抗議行動に多くの人が参加することによって、新型コロナウイルスの感染拡大のペースが改めて速まるリスクだ。今回はフロイドさんが首を押さえられた際に警官に訴えた、“I can’t breeze”(息ができない)という言葉が抗議行動のキーワードとなっているが、これを人々が大きな声で叫ぶことは、新型コロナウイルスの感染防止の観点では、最悪の状況と言わざるを得ない。このことによって感染が再拡大するなら、再びロックダウンが強化され、経済活動の停滞もさらに長期化することになるだろう。

 話を中国問題に戻そう。5月29日のトランプ大統領の会見では、香港に対する貿易上の最恵国待遇を撤廃するなどの制裁措置が打ち出された。

 だが、新たな関税の賦課など、米中貿易合意に直接影響するような措置はひとまず見送られた。市場ではこれを前向きに好感。米中関係の悪化など何もなかったかのように、6月5日の株式市場では、雇用統計が市場予想を上回ったことがきっかけとなってナスダックなどは取引時間中の史上最高値を更新した。

 だが、そこまで先行きに対して楽観的になるべきではないだろう。

 トランプ大統領は貿易問題に「触れなかった」だけであり、将来にわたって新たな関税の賦課を見送ることを保証したわけでもない。一方では新型コロナウイルスの感染拡大に対する責任も含め、中国をかなり厳しい口調で批判しており、中国側がこれに対して断固とした報復措置を打ち出す可能性も高いと見ておくべきだ。

■米中が再び対立する可能性は決して低くない

 実際、今年初めに貿易合意の第1段階が成立するまでの長い道程の間にも、アメリカがある程度の譲歩をしてハードルを下げても、中国側も強い要求を出しなかなか譲らなかった。最終的にトランプ大統領が激怒して追加関税などのより厳しい措置を打ち出すといったパターンが何度となく見られた。こうしたことを決して忘れるべきではない。

 また、中国が今回の全人代で、今年度の経済成長目標を取り下げたのは、もはや目標を実現するために大規模なインフラ投資や財政出動を行う余裕はなく、国内の雇用を何とかして守るのが精一杯だという、苦しい台所事情の表れである。

 貿易問題でアメリカに散々痛めつけられたところに、新型コロナウイルスの感染拡大でとどめを刺された格好となった中国経済が、一皮むけば危機的な状況に追い込まれていることは想像に難くない。

 しかし、そうした状況下でもなお、アメリカなどからの風当たりが強くなるのが目に見えている香港への国家安全法の適用を打ち出したというのは、それだけこの問題が中国政府にとって譲ることのできない重要なものだということだ。習近平主席は相当の覚悟を持って方針を打ち出したのだろう。

 今のところ中国はアメリカの制裁措置に対して「内政干渉だ」と反発はしたものの、具体的には厳しい対応は見せていない。だが、中国の内政に手を突っ込むようなアメリカ側の圧力に対しては、経済のさらなる悪化も厭わない、強硬な報復措置に打って出ることも十分にあり得る。

 差し当たっては上下両院で既に可決されたウイグル人権法案を、トランプ大統領が署名し成立させるのかが、大きなカギを握るはずだ。

 一方、トランプ大統領はトランプ大統領で追い込まれている。株価の上昇と経済や雇用の力強い回復という実績をアピールすることで、この秋の大統領選挙で再選を果たそうという計画が、今回の新型コロナウイルスの感染拡大によって全て崩れ去ってしまったからだ。

 現在、彼が取ろうとしている戦略は、「感染拡大に関しては中国に大きな責任がある」と、コロナ問題も株価の急落も、全て中国が悪いという風にまくし立て、自らの責任をうやむやにしようというものだ。

 そのようにして「中国脅威論」「中国悪玉論」を展開したうえで、恐らくは対立候補となる民主党のジョー・バイデン元副大統領では中国にいいようにしてやられるだけで、「中国をきっちりと抑え込めるのは自分しかいない」と、再選の正当性を訴えようというわけだ。

 もし大統領がこのような戦略に重点を置くのであれば、この先中国に対する圧がさらに強まるのは想像に難くない。

 中国にかなりの譲歩をしてまでもまとめ上げた貿易交渉の第1段階の合意も、株を上げたいがためにやったことだと言ってもいい。

■本当にアメリカの経済は回復基調を維持できるのか

 だが今となっては、トランプ大統領にはそれほど重要なものではなくなっているかもしれない。中国のこれからの出方次第では、簡単にこれを破棄して新たな関税を賦課することになる可能性もある。

 少なくとも現時点で、アメリカと中国の双方の首脳にとって、経済の回復が最優先課題ではない可能性は高いはずだ。

 状況次第では株価の急落は覚悟の上で、相手に対してさらに厳しい措置を打ち出すことも、十分にあり得るのではないか。

 足元の景気の大幅な落ち込みだけでなく、「米中の緊張のさらなる高まり」、「新型コロナウイルスの感染再拡大のリスク」、「ミネアポリスの事件に対する抗議行動の激化や治安の悪化」という「三重苦」が、アメリカ経済にのしかかろうとしている。

 こうした問題を抱える中、果たしてアメリカの株式市場はこの先も順調な回復基調を維持できるのであろうか。その大きな根拠になっているのは、7-9月期以降の同国経済の急激な回復だけというのであれば、いかにも心許ないというのが正直なところだ。

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