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そろばん教室が「子どもの習い事」で再評価されている「意外な理由」

海外進出、さらには宇宙にも?
(文 加藤 ジャンプ) 最近、「そろばん(算盤)」ってどうなっているんだろうか? 

 筆者は、小学一年生の息子にどんな稽古事をやらせようかと妻と相談しながら、ふと思ったのである。昔は、そこここにそろばん塾があったし、ラジオやテレビからは「願いましてはトモエのそろばん」の歌が聴こえてきた。

 だが、最近はそろばん塾の看板は見かけないし、CMソングも聴いたことがない。それで、衰退の進行具合を調べみたら、現状認識がまるで間違っていることに気付かされたのである。

 そろばん、けっこう、キテいるのだ。

 まずはそろばん塾。老婆、畳敷き、正座……という教室は主流ではなくなってきているらしい。海外にもそろばんは進出しており、ロシアやハンガリーなど海外で教材に採用されている。ちなみに、宇宙飛行士の星出彰彦さんが「きぼう」にそろばんを持っていったことも私は知らなかった。

 で、実際のところどんな塩梅なのか、まずは実際のそろばん教室に足を運んでみた。

 神奈川県大和市にある『川上スクール』大和鶴間校。母体は、実は青森県十和田市にあり、関東に進出したのは2013年だ。それから瞬く間に地域を代表するそろばん塾になった。現在、年中さんから中学生まで80名ほどの生徒が通っている。

「日本一のそろばん塾」の全貌
 取材に行って、まず驚いたのが先生の風貌だ。そろばん塾グループ全体の経営にかかわる川上武則さんと、関東の校舎でそろばんを教える弟の将広さん。2人揃って、かなり明るめの茶髪で、服装もパーカ姿で非常にラフなのである。

 ストリート系な雰囲気の、このそろばん塾。小学生日本一を輩出し、日本珠算連盟の5種1級で合格者数日本一を誇る。

 5種目1級とは、問題がずらっと並んでいるのを暗算で解くもの。「願いましては」とリスニングしながら問題を解くもの。さらに、画面上に浮かび上がる数字を計算するフラッシュ暗算など5種目において1級になる、ということなのだそうだ。

 ちなみに、この塾では、大会ではお揃いの黒いTシャツを着る。黒Tシャツ軍団が計算に集中する光景は、結構な迫力だ。で、どのくらい難しいかといえば、試しにフラッシュ暗算をやってみたら、いきなり3桁の数字が5個も出てきて、一問もできなかった。

 しかし、中学受験が隆盛の今、学習塾に通っていたらそろばんに通うヒマはないのではないだろうか。

 「実はそろばんを低学年のうちにはじめて、中学受験をする子は、本格的に受験準備に入るころにやめるケースが多いです。低年齢のうちに計算力や集中力を身につける、という目的意識を感じますね」(武則さん)

 実際に授業を見たら、まだ名前も書けないような幼児がそろばんを弾いているのである。たまげた。しかも、そんなおチビさんでも、教室に入るときには、きちっと挨拶をしている。

そろばん業界は厳しい状況が続くも
 「挨拶といった躾の面も、現代の親御さんには期待されています」(将弘さん)

 躾は家庭以外の場所が過度に請け負えば、危なっかしいところもありそうだが、週一回のそろばん塾くらいの距離感なら丁度いいのだろう。

 ただ、不思議に思ったのは、そろばん塾といったら校舎の周りには自転車だらけ、というイメージを持っていたのに、そうでもない。あまつさえ「電車で来る子もいます」(武則さん)というのである。川上スクールが優秀だからそれも当然なのだろうが、新たな疑問がわいた。

 少子化はそろばん塾にどんな影響を与えているのか――そもそも、そろばん塾業界自体はどんな状況に置かれているのか。

 調べてみると業界自体は大変なのである。たとえば日本珠算連盟が実施している「珠算検定」の受験者数はというと、1980年のピーク時には204万人の受験者数を誇ったが、2005年には18万人に減少。その後微増したが、だいたい往時の10分の1くらいの規模だ。

 もちろん塾の経営も厳しい。平成28年に経産相が発表した『学習塾と外国語会話教室の生産性』というデータがある。そこに2015年の数値として『そろばん教授業』の項目がある。

 これによると、その年、事業所数つまりそろばん塾は全国で7007ヵ所。従事者数は14085人で売上は204億円だという。単純に計算するとそろばんの先生一人につき年間約145万円しか売上がない。そろばん塾一軒あたりにしても年間約291万円の売上である。おそらく一部をのぞいて、そろばん塾は青息吐息だと推測できる。

いつの時代であっても役に立つ
 そろばん塾業界の状況について、神田にある日本珠算連盟の會本尚理事は、こう説明してくれた。

 「先生の高齢化も進んでいますし、後継者問題もある。少子化も進んでいますし、そろばん塾の業界は楽ではありません。ただ、たしかに、エクセルが当たり前の世の中であっても、入力した式が間違っていたら意味がない。そろばんをやっていた人が、ざっとデータに目を通すと、すぐに異常値に気づけるんです。これはいつの時代であっても役に立つ力です。そういった、数字感覚を身につけられることはやはり疑いがないんですよ」

 ただ、それにしては、そろばんのアピールが足りない気がする。旧来のメディアはもちろん、そろばん自慢のYouTuberも見たことがない。

 そもそもそろばんにも「名人」がいるのに、あまりに知られていないのではないか。現在の名人は仙台でそろばん塾を経営する土屋宏明さんである。なんと土屋名人は中学生の頃に名人になって以来、20年間、その座を守り続けている。しかし、その存在を筆者は取材を始めるまで知らなかった。

 どうも、もやっとしている。そろばん塾にも新機軸が生まれ、そろばんは新しいフェーズを迎えているようなのに、業界全体は、どうにも、もやもやしている。

 たとえば、そろばん塾には団体が3つも存在している。それぞれに検定問題も違うし、検定料も異なっている。団体が複数あるから、日本一とされる人が何人も存在する。

 実にややこしく、折角偉業を達成している土屋名人のようなリビング・レジェンドがいても、その凄さが伝わりずらい。ボクシングでも団体を跨いだ統一王座戦をやっているし、そろばんでもどうかと會本理事に問うたが、まだ予定はないらしい。

「習わないとできない」がミソ
 そのもやもやの理由の一つは、そろばんに長じていても必ずしも誰もがフィールズ賞を狙える数学者になるかといえばそういうものではないことだろう。その点、川上スクールの武則さんも

 「進み方はそれぞれでも、必ずできるようになるのがそろばんなんです」

 と、そろばんは努力で培われるものであり、決して特殊な能力ではないことを強調する。

 さらに言えば、そろばんといえば早さというイメージがあるが、肝心なのは「計算の過程を理解すること」なのだという。そして、どうやら、これこそが、現代のそろばんのキーコンセプトのようなのだ。

 「そろばんは誰でもできるけれど、習わないとできない。そこにそろばんの教育としてのポイントがあるんですね。数という抽象的な概念を、そろばんなら珠を動かして、抽象的な概念をビジュアルで具体化できます。そうすることで自分なりに数の概念を習得できる」

 こう説明してくれたのは、アラフォー以上なら誰でも一度は耳にしたことがあろう、「願いましてはトモエのそろばん」のCMソングでお馴染みのそろばん製造業『トモエそろばん』の藤本トモエ社長だ。

 同社は今年創業100年を迎える。社名と自身の名前の関係だが、「自分の名前を社名にしたのではなく、先代で創業者の父が会社名を私に付けました」(藤本社長)のだという。

英語教育にも使われている
 そんな藤本社長本人は幼い頃からそろばんに関わり続けていたわけではなく、元は高校の英語教師であった。そして、20年近く前から英語とそろばんをフュージョンした教育を業界に先駆けて実践してきた。

 この学習法、たとえばそろばんそのものに長けるようになることはもちろん、たとえば「thirty-two」と読み上げられた時、瞬時に「32」と珠を置けるようになることで、英語のヒアリングも上達する。

 しかも、一般的な英語学習では英語のどの音が聞き取れていないか判然としないのに、英語そろばんなら、珠の置き間違いから、聞き取れないのが「five」の“f”なのか「twenty」の“t”なのか、それが明確になり、苦手克服にもつながる。将来ビジネスシーンで数字を英語で扱うとき、この経験はたぶん財産となっているはずだ。

 また、同社では、認知症予防にそろばんを活用することにも積極的だ。そろばんを使うと左脳はもちろん、3桁以上の計算ならば右脳をふくむ、脳の大きな領域を使うことで脳の活性化ができるのだという。

 こうしたそろばんの効用に目をつけ、自治体やカルチャーセンターでの認知症予防のそろばんの講座も年々盛んになっている――。

 レジェンドに、グローバル化に、英語に、認知症予防……。いつの間にか、そろばんはこんなにも発展していた。こんなに新しい効用が認められてきたのなら、やらない手はなかろう。試しに、40年ぶりにそろばんと小学生用の独習本を買ってみたが、いまのところトニー谷の真似しかしていない(古い)。

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