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「区分投資の生き字引」が語る「バブルと今」《楽待新聞》

(写真:不動産投資の楽待) (写真:不動産投資の楽待)

1990年代半ばから区分マンションの現金買いを続け、無借金で総投資額約3億円、家賃年収3300万円を実現した芦沢晃さん。マイホームを買った直後にバブル崩壊を経験、ワンルーム投資が下火だった95年に参入し、区分一筋で投資歴は23年となった。

平成バブルからリーマンショックを経て、不動産バブルと呼ばれた近年までコンスタントに購入を買い続ける芦沢さんが、どのようにして「区分のプロ」としての未来を読む力を養ったのかを探っていく。

■バブルのピークで買った自宅マンション

――芦沢さんが就職したのは1983年ですが、当時はどのような時代だったんですか?

あの頃は、八王子の床面積100平米ぐらいのごく一般的な2階建ての建売住宅が1000万で買える時代でした。5年ぐらいしっかり貯金すれば無借金でマイホームを買えると思って、入社してからは家賃1500円の独身寮で暮らしながら、土日も深夜まで仕事に明け暮れていました。

――計画通り、6年後にマイホームを購入したんですね。

独身寮の年齢制限となる30歳になる頃には貯金が3000万円に達していたんですが、その6年の間に地価が急騰し、生活圏である東京西部の戸建てすら1000万からあっという間に8000万ぐらいになってしまった。とても手が出せる値段ではなく、もっと早く買っておけば…と後悔しながら、2800万円で2DKの中古マンションを自己資金1500万円を入れて購入したんです。それが89年の年末でした。

――日経平均は1989年12月29日に終値3万8915円の史上最高値を記録しています。当時は本当にバブルのピークだったということですね。

その自宅マンションは89年10月に契約して12月に決済しました。株価の暴落が始まったのが翌年の正月明けですから、本当にバブルのピークの「ちょんまげ」で買ってしまったわけです。

――90年に入ってからのマーケットはどのような雰囲気だったんでしょうか。

実は90年に入って株は大暴落していたんですが、不動産は少し動きが遅いので、年末ぐらいまでは相変わらず高値で踏みとどまっていたんです。90年の春ぐらいに自宅を見積もりしてもらったら「3500万円」と言われ、驚いたことを覚えています。

――ただ、その後に不動産もどんどん下がっていったんですね。

そうです。95年の末、結婚を機に自宅のマンションを売ろうと思った時には1000万円以下になって担保割れを起こしていました。売っても借金を返せず、引っ越しもできない状態で呆然としていた時、「金儲けの神様」と呼ばれた邱永漢先生の書籍と出会い、不動産は自分で住む以外に他人に貸して家賃収入を得る方法があると知ったんです。

――それで自宅を貸し出したのが大家業の始まりですね。

はい。その時はクロスや畳表ですらリフォームも何もせず、私がほうきで掃いて雑巾がけして貸し出したら、すぐに入居が付きました。

――賃貸物件の需給バランスが今と全く違ったと。

リクルートが販売していた「週刊住宅情報」という冊子があったんですが、その頃は売買のページが10だとしたら、賃貸は1かそれ以下。本当にペラッペラで、賃貸物件の数は今の数百分の1以下だったんじゃないでしょうか。本当に賃貸物件が不足していたから、何もしなくても入居者が付いたわけです。ちなみに、その冊子は次第に賃貸のページが逆転するようになって、1990年代後半になると賃貸だけで独立した分厚い冊子になりましたね。

■「ミズテン買い」が横行したバブル期

――芦沢さんがマイホームを買う前、バブル期のワンルーム投資はやはりキャピタルゲイン狙いが主流だったんでしょうか。

1983年頃は東京都内の16平米、家賃6、7万の新築ワンルームが1000万で買えた時代だったので、おそらくフルローンを組んでも月1万ぐらいはプラスになっていたんですね。

それが87年とか88年になると、2000万で買ったワンルームが1年後には4000万で売れるという時代。家賃6万の物件を2000万で買えば家賃で元を取るのに30年かかるので、利回りなんて関係なくて、むしろ節税ですよね。どんどん赤字を出して確定申告して目先の税金を戻しておいといて、最後に買値の3、4倍で売るというストーリーでした。

――当時、ワンルーム投資の世界では「ミズテン買い」という言葉があったと聞きました。

「ミズテン(不見転)買い」というのは「見ないで買う」という意味です。要するに物件が出たらチラシの情報だけで、現物は全く見ずにみんな何でも買ってしまう時代。ただ、私はあくまでも貸すことを主体に考えていたので、当時はこの値段では高すぎて買えないなと思っていました。

――バブル崩壊が不動産に与えたインパクトはどれぐらいのものだったんでしょうか。

新宿駅徒歩8分のエリアに「ニューステイトメナー」という1976年竣工、14階建て892戸のマンションがあるんですが、この物件はワンルームマニアにとっては非常に大きな存在なんです。これがピーク時は1億円近くだったのが、バブル崩壊で10分の1まで暴落した。1億で買って翌年2億で売れると思ったら、逆に1000万になってしまったわけです。1億の借金だけが残り、毎月何十万という返済がのしかかったら、家賃収入ではとても返せないですよね。

――バブル期にイケイケドンドンでそういった物件を買っていた投資家たちはどうなったんでしょうか?

売り逃げきれなかった人は飛んでしまいましたよね。一番危険だったのは88~90年ぐらいに多額の融資を受けて買い増した投資家で、借金が返せなくて自己破産したような人は死屍累々だったと思います。その時期に「これはおかしい」と思って買うのをストップした人だけ、首の皮一枚つながったという感じです。

――当時、サラリーマンのワンルーム投資は盛り上がっていたんでしょうか?

80年代後半には、ワンルーム投資に関する書籍がけっこうな数出ていました。でも、それを書いた先生方でもバブル崩壊を機にパッタリ名前を聞かなくなった人がたくさんいらっしゃるので、破産したケースは多いと思います。ある先生のところには「お前が本に書いていた通りやったら破産した。殺してやる」といった電話がたくさんかかってきたと聞きました。

――当時の不動産投資家はバブル崩壊をどう受け止めていたんでしょうか。

90年の正月明けに株価が大暴落して「バブルが崩壊した」と言われ始めたわけですが、個人の不動産投資家は「これは一時的なもので、地価は必ず持ち直す」「今悪くても2、3年待てばまた戻る」と、藁にもすがる感じでした。みんな歯を食いしばって何とか持ちこたえていて、返せなくなった人から耐え切れず崩壊してしまったわけです。業界の中でかなりの立場だった人でも、地価は戻ると信じていました。デベロッパーでも飛んでしまった人が結構いましたから。

――ちなみに、ニューステイトメナーはその後どうなったんですか?

2000年の底値の頃は890万ぐらいまで下がっていました。今は直近で大規模修繕も行われて2000万円前後まで上がり、家賃は8万ぐらい取れる物件なので、仮に底値で買って20年持っていれば、管理費・修繕積立金を抜いて年間80万としても1600万。買値程度の家賃を得て、売ったら買値の倍ということになります。それがこういう立地の優れた区分の凄みですね。

■「マルコー物件」の強さ

――初めて投資目的で購入した物件は95年、鶯谷の築8年の区分マンションですね。

表面利回り6.9%で、1090万円をフルローンで借り入れて購入しました。シミュレーション上は月5000円のプラスだったんですが、当時はネットもなければ大家仲間もいなかったので、こんなに空室時の管理費負担や設備修繕、退去時のリフォーム費用などがかさむと思っていなくて、赤字に転落しました。この失敗を教訓に、現金買いという今の投資スタイルが決まったんです。

――その後、99年に現金で用賀のワンルームを購入しています。

最初の物件で失敗して以降は、自己資金を貯めながら勉強する期間に充てました。当時、マルコーというワンルーム会社がバブル崩壊で倒産してしまい、ダイエーが買収して再建した頃。その会社に自分で飛び込んでいったのが99年で、「ワンルームが欲しいので売ってほしい」と頭を下げました。

――マルコーというのはどういう会社だったんですか?

投資用ワンルームマンション会社の元祖といえる存在で、1980年代のバブル期に急成長しました。今では当たり前となったワンルーム投資を世に定着させた会社です。

――仲介も管理もすべて一括で行うビジネスモデルは、当時かなり新しかったんですね。

画期的なモデルだったと思いますよ。デベロッピングして直販して、売ったお客さんには賃貸もしっかり付けて、売りたければいわゆる「マルコーファミリー」のオーナー同士で物件を回す。会社として最後までオーナーの面倒を見るシステムですね。

――バブル崩壊後、投資用ワンルームはかなり下火になっていたと思います。

たしかに当時はワンルーム投資なんて借金だけが残って破産するのが常識で、持っているだけで危ないという風潮だったんです。「今時ワンルーム買うなんて正気ですか?」という感じでした。

でもしっかり数字で計算してみると違う。600万、700万の物件で家賃が6、7万取れている。現金で買えば10年で元が取れるし、別に怖くないのではと思って自分から飛び込んでいったんです。実際にマルコー物件を20戸ぐらい持っている営業マンから、その人の所有している部屋の真上の部屋を「これなら大丈夫」ということで仲介してもらったのが最初です。

――その方との出会いが大きかったんですね。

そのマルコーの営業の方から「芦沢さん熱心だから、これを見て物件を先に見ておくといいですよ」ともらった賃貸用の冊子は今も持っています。東京の中心部や横浜、埼玉方面などのマルコー物件を網羅されており、だいたい今から25、30年近く前の物件情報になります。

――掲載されている当時の家賃が25年経った今とほぼ変わらないのは驚きです。

そうなんです。敷金・礼金は当時と違って2・2取るのは難しくなっていますが、家賃はそんなに変わっていない。しかも、ここに載っている物件はいま築40年ぐらいになっていますが、まだ全然満室です。

例えば恵比寿駅徒歩5分の「メゾン・ド・ロアイヤル」。この冊子に家賃5.6~7.1万と書いてありますが、築34年になった今も変わりません。当時は730万円ぐらいで出ていて、中途半端な指値をしたら買い逃してしまったんですが、今はもう1000万円以上で売れますから、目をつぶって売出価格で買っておけばよかったんですよね。

――この冊子から学んだのはどのようなことですか?

やはり不動産投資というのは「いくらで買えるか」ではなく「いくらで貸せるか」という視点が重要だということです。そういう意味での「入居者ニーズ」はこの冊子の中に詰まっている。当時はこの冊子をまず見て、物件が出たら「いくらで貸せるか」という物差しで買っていったんです。

――この冊子で一通り見ておいて、物件が出たという連絡が入ったら、頭の中にある情報ですぐに買いを入れたということですね。

週末に時間ができるとずっと物件回りをしていたので、トータル1000件ぐらいは見ました。よく行ったのは賃貸需要が堅いと思われる東急東横線と田園都市線の周辺で、渋谷から下っていって、池尻、三軒茶屋あたり。当時はそんな投資家は他にほとんどいなかったと思います。

――なぜ、これらの物件は今でも入居が盤石なんでしょうか?

マルコーが創業時に都心の立地を徹底的に調べ上げて、絶対に空室にならないようガチガチのマーケットリサーチをして建てた物件だからです。当時としては前例のないことをやるのだから、20年後、30年後まで賃貸需要があるのかどうか、とことん調べなければ怖くて建てられなかった。

それと、マルコー物件の間取りはどれを見てもほとんど同じなんです。立地が良くて、間取りがシンプルだから家賃が安い。この好立地で安く住める、というのが賃貸が付く最大の理由ですね。

――この冊子の情報は今でも活用できるということですね。

そうです。この冊子は私の基礎を形成したバイブルで、今でもときどき「このエリアは平気かな」と思ったらチェックするんです。だから全くの初心者の方には、この冊子に載っている物件のすぐ近所にある新しめの物件を買うといいとアドバイスします。マルコーの市場調査が終わっている場所なら、20年後、30年後も大丈夫だろうと。セミナーでも参加者に配ったりするんですが、皆さんあまり価値が分からなくて「どうしてこんな古い資料を?」と言われますけどね。

――そんな優良企業のマルコーが、なぜバブル崩壊で倒産してしまったんでしょうか?

マルコーはすごく投資家寄りの考えを持っていて、売りに出した物件には必ず自社の持ち分を残していた。お客さんと一心同体という意識でもあると同時に、その部屋を貸すことで赤字を出して税金の繰り延べをする。自分たちも大家という立ち位置でやっていたんです。管理についても物件ごとに専用の管理人さんや掃除夫さんがいて、より綺麗に保たれている物件を月ごとに表彰するなどしていたので、ピカピカに掃除されていて管理状況も抜群でした。

ところが、バブル時の節税ブーム対策で損益通算のルールが変わり、土地取得にかかる借入金の利息は経費計上してはいけないことになった。マルコーは多額の融資を引いていたため、その改正の影響で資金が回らなくなってしまい、自分たち自身がバブル破綻組大家の中に入ってしまった。だから決してマンションの建設や賃貸の失敗で潰れたのではなく、いわばボクシングがいきなりキックボクシングのルールになったことでノックアウトされてしまったようなものです。

――倒産した後はどうなったんですか?

ダイエーがマルコーを買収して再建したんですが、大元のヤオハンが倒産したことでマルコー自身も安定株主のいない根無し草のようになり、その後は外資系ファンドによる買収などでオーナー大株主が転々とした後、アパマンショップホールディングス傘下に入りました。本当に時代の波に翻弄され続けた会社だと思いますが、今でもなお物件は現役で活躍しているわけです。

■未来を読む力

――それから物件を買い進めていき、現在は55棟・56室を所有しているわけですが、バブル期からさまざまな経験をしていく中で感じたことはありますか?

投資というのは未来に対してお金を投資するということなので、自分が未来を読めないものに対してお金を出してはいけないということです。

――物件の未来が読めるようになるのに必要なことは何なんでしょうか。

私は「常在戦場」という意識、つまり常に戦場=現場に自分の体を置いていた。ネットで見たり人から聞いたりした情報ではなく、自分の目と耳、体全体で感じると、入ってくる情報の質は全く違う。だから「ミズテン買い」というのはあり得ないわけです。人間というのは不思議なもので、「知識」で知るより「感情」で知った方が真理が身につくんです。

――それはご自身の経験の中で感じたことですか?

1000戸近く物件を見に行ったわけですが、物件だけを見たのではなく、実際にその街に行ってみて、自分の体で感じた。不動産投資を始めて相当経ちますけど、この街はすごいな、この街は難しそうだな、という感覚はそれほどズレない。例えば厚木は海老名に吸い取られているし、八王子も立川に吸い取られているんです。もちろん厚木や八王子で投資ができないかというかとそうでもなく、そういうことを分かっていて投資対象にすることはできるんですね。

――具体的にはどのようにエリアや物件をみればいいんでしょうか?

統計情報というのは株価と同じで過去のデータにすぎないので、未来を予想するなら第五感、第六感まで総動員しないといけない。例を挙げるなら、ネット通販で実売店舗が急速にシュリンクする中、その代表格の家電量販店が駅前に新しくできたり、少子高齢化が進んでいるにもかかわらず学習塾が集まったりするスポットは伸びるとか、将来がみえてくるようになる。さらに、そこをミクロ的に見た場合、自分の運営法とマッチして優位に立てるかどうか、という視点です。

――例えば立川や橋本が今後伸びていくというのは昔から分かっていたんですか?

そうですね。私は自分の知っているエリアしか分からないですけど、例えば橋本なんかは85、86年ぐらいから、あそこに立体五差路ができるとか、もう少しすると新幹線来るかもしれないとか、そういう噂は流れてくる。立川もそうですね、20年以上前から今後開けるというのはみんな知っていました。

――そういうエリアの中でも「買っていい物件」というのは限られていると思います。

はい。例えば立川にもワンルーム自体は掃いて捨てるほどありますが、投資としてペイできるのは0.1%程度。エリアではなくスポット、さらに「この物件とこの物件は買ってOK」と、どんどん細分化されてしまうんですよね。自分の得意なエリアで毎日物件を見ていれば、この物件を運営すると30年後にどうなるか、人が住むのか、どんな管理状態にあるか、というのが分かるようになってくる。

――先ほどおっしゃった、マルコー物件が立地する場所なんかがそういうことですね。

その通りです。ただ、マルコー物件は恵比寿の駅前とか早稲田大の目の前とかに平気で建っているわけで、今買うなら1000万以上。家賃が6万だとして、現金で買うならランニングコストを差し引くと20年ぐらい持たないと元が取れない。つまり売らないと投資にならないんですよね。

売った買ったが得意な人はそれでいいですが、静かに持って淡々と家賃をもらう方がいいという人はそういうところに買ってはダメなんです。東急東横線や田園都市線でずっと下っていって多摩川超える前後ぐらい、用賀とか二子玉川あたりまで行けば都心に比べて相当安くなる。一方で家賃は取れますから、黙って15年持っていれば買った値段と同じキャッシュが手元に残っている状態になって、持っても売ってもいい状態ができる。

――そのような視点で、最近注目している街、これから伸びそうな街はありますか?

私が物件を持つなりして知っているところでは、まず立川と町田。橋本や武蔵小杉はもうピークかもしれませんが、海老名はまだこれからいけるかもしれない。ただ、ここは弥生時代に湖の底だったので地盤が怖い面はあります。

私が特に注意しているのは、立地や将来人口、賃貸需要などの観点だけで選ばないこと。将来の自分のランニングコストを抑えられる場所か、自分の信頼できる管理会社が対応できるエリアか、という選び方をしています。

――選ぶべきエリアは人によって違うということですね。

例えば八王子なんかは、いろいろなワンルーム投資専門の本では、供給過剰で大学も都心に移っているとして、買ってはいけない「禁断の街」とされている。でも実際、私のところなんかは先日買った空き部屋がリフォームも何もしていないのに2週間ですぐ決まった。家から3分で行けるので維持費が抑えられますし、仲良くしている業者さんが見てくれる。家賃4万の物件が300万円ちょっとで買えていますし、総戸数100室以上で修繕積立金も潤沢なので十分回るわけです。

マクロ的に賃貸が悪かったとしても、それはあくまで一般論であって、大家さんというのは自分の物件に入居がついてしまえばそれで勝ちなんですよね。

■バブルは崩壊しているのか

――中古区分の価格自体はここ数年、上昇基調にあったんでしょうか。

そうですね。ただ、2018年の春先ぐらいまでがピークという感じです。外国勢も今は買い一辺倒ではなくて、売りに回っている投資家も多いようです。

春先以降、値段はあまり変わってないですが、物件の流通量が圧倒的に少なくなって、流れてくる上流情報の数も格段に減りました。ワンルーム仲介業者さんは「もう売り物件がない」と異口同音に言っている。回すネタがなくなっているということは、今もうピークは過ぎているんですね。

――以前と比較して、それを体感する部分もありますか?

私がワンルームマニアとして実感するのは、2017年までは休みに家にいると、物上げ業者の電話が鳴りやまなかった。お茶を飲んでいたりご飯を食べていたりしていても15分おきぐらいに電話が鳴り続けるので、女房がいい加減にしてくれと怒っていたんです。それが2018年、特に4月以降はパタリと止まって、今は1時間に1本程度まで少なくなっている。物件が動かなくなっているんですよね。

実はバブル末期の89年頃、ワンルーム投資の専門家の方が書籍で「物上げ業者の動きが鈍くなっているから注意した方がいい」と盛んに言っていたんです。物上げ業者さんの動きが鈍くなるということは、もう物件がないということ。株で言うと、大きく上がった出来高がガーンと少なくなってしまって、株価だけがかろうじて残っている状態。後はもう下がるしかないんですよね。

――バブルの時期は長期保有の投資家が利益確定に動くので、いわゆる「ホットスポット」のお宝物件が市場に出やすい面があると思います。

そうですね。例えば80年代前半頃にマルコー物件を新築で買った人たちは、今でも空室もないし家賃も下がらないし、累積家賃は買値の2倍程度たまっているので売る理由がないと思っていた。ただ、2000年に底値で中古を買っている人たちは買値の2倍ぐらいには余裕でなっているので、この先10年でもらう分の家賃を一瞬で取れるのなら、ということで去年、一昨年ぐらいの高い時期に売りに出してきている物件があったんですよね。

年配になって老人ホームに入るために現金化したいというような売り手は利益など関係ないので、例えば学芸大学や元住吉、武蔵小杉あたりであり得ない値段で出ている物件が結構あった。この辺りはど真ん中の都心ではないんですが、ワンルームマニアからしたら今後が保証されている場所なんです。価格は安くないんですが、利回りは10%前後で現金なら十分回るのでいくつか買いました。

――売主の状況が昔と今で違っているんですね。

バブル崩壊後の95年頃、バス・トイレ別の今風の新築ワンルームを売り始めた業者さんはかなりエグくて、営業マンの報酬は1戸売れたら100万円みたいな感じで、何も分かっていない人にフルローンをはめ込んでどんどん売ってこいみたいなことを死に物狂いでやっていた。だから私なんかは、そうやってはめ込まれた末に借金が返せず飛んでしまった人たちから買っていた面もあるんです。

しかし2016年、2017年に買った物件の登記簿を見ると、そういうどうしようもないような状態ではなかった。やはりバブル前に新築で買って持ち続けているか、バブルの後の下がった時期に買っている人たちが、そろそろ現金化したいという理由で売っていたのでしょう。仮に95、96年に買ったとしても20年分の家賃で買値以上回収できている計算なので、もう十分OKなんです。

――当時のいわゆるバブルから崩壊までの流れと、去年ぐらいのいわゆる不動産バブルと、似ている部分はあると感じますか?

オーバーローンがバンバン出る状況は似ていますが、バブル期の融資の緩さはケタ違いでした。今は単に銀行がサラリーマン向けの融資を締めたというだけで、不動産全般に締めているというわけではないと思います。一方、バブル末期は国を上げて総量規制をしていました。大蔵省が不動産業界に流れるトータルの資金量自体を定め、物件を買うときには届け出る必要があった。驚くべきことに、許可制にすることで不動産の値上がりを防ぐ動きを政府主導でやっていたんです。

つまり、例えば去年2000万円で買った物件を今年1億で売る、といったような取引は政府が認めなかった。今はそのように政府として徹底的な不動産叩きのようなことは行われていないので、状況は少し違う。だから、バブルと同じような暴落はまずないと思います。

■2つのプロペラで

――東京五輪前後の市況についてはどう予想していますか?

融資が締まって、物件数が急激に減って、業者さんの動きが静かになってきていることは確かですが、89年から91年までのような極端な値崩れはないと思います。私は業界の専門家ではないので区分の世界しかわかりませんが、全体の市況という視点であれば融資の動向次第。過去のバブルの歴史から見ても、市況は結局のところ融資の開き具合・締まり具合で動いています。

――J-REITの値動きに関してはどのように感じていますか?

バブルの頃は「株価の先見性」などといって、株価の方が先行して動いていた。同じように、不動産の現物よりJ-REITの方が早く動いていますよね。金額が大きいので、融資の動向や海外マネーの流れなどの影響を強く受ける。そういう意味ではJ-REITの動きが将来を物語っている面があるかもしませんが、我々のような個人投資家が手を出せる規模ではないのでまた少し違うかもしれません。

ただ、アメリカのREIT…、RWRなんかは堅くてビクともしなくて、株の方がよっぽど不安定です。ああいうふうに経済が正常に動いている場所の不動産が手堅いというのは、REITを見ていると分かります。

――今まで売却をせずに保有し続けているわけですが、仮に所有物件を全て売却したらどれぐらいのキャッシュになりますか?

購入価格はすべて現金で約3億円です。2000年以降に買った物件は倍近くで売れますが、逆に初期の頃は結構高値で買っているので、トータルでは4億~5億の間ぐらいかなと思います。ただ、現在は売却を考えていません。今はワンルームマンション規制で狭小区分が作れないこともあって希少性が高まっている。昨年買った物件も2週間で入居がつきましたし、修繕積立金が潤沢な区分を選んでいるので特別に大きな費用が出る心配もない。だから売る理由がないんです。

――不動産以外の投資も続けていますね。

世界の資本主義はアメリカのグレートファミリーのルールで動いています。だから区分から上がってくるCFで、財務基盤が盤石で企業価値が下がらないアメリカ企業の株を保有し、確実に配当を得ていく方にシフトしています。例えばVOOというS&P500連動のETFなどは、ある程度時間を許容できる人なら確実な投資だと思っています。ドルのキャッシュが入ってくるので円が暴落しても関係がない。

今あるシステムは安定的に回しておいて、片方のプロペラが止まっても、もう片方のプロペラで飛べるようにしておく。もし経済危機が起こって株が暴落しても区分の家賃で持ちこたえられる、もし大地震が来て全部の区分が潰れても株の配当で乗り切れる、という形を築いています。どちらかだけで大きくしても、それはそれでリスクなんです。

――ワンルームの現金投資は今後、どうなっていくと思いますか?

現金で投資する人の市場というのはどの時代も絶対あるんです。株やETFなど紙系投資で利回り10%を超えるものが出てくるかというと、可能性は低い。そうすると、やはりネット8、9%で回るワンルームがあるとすれば、現金で投資する人は必ず存在する。ワンルームの場合は家賃の面でも賃貸の面でもリフォームの面でも安定していてボラティリティが小さく一番未来が読みやすいんです。木造アパートや戸建ては20年、30年先まで確実にシミュレーションするのは難しい。

――区分マンションの最後というのは、取り壊して更地になるんでしょうか。

世間的には、投資用区分物件の建て替え事例はまだないと言われています。ただ、品川再開発地区を例にとっても、私が買いたいと思っていたワンルームが軒並みタワーマンションに生まれ変わっている。でもそんな情報は表に出ていない。所有者は築40年近いワンルームが新築のタワマンに化けて莫大な金額が転がり込んだわけですから当然静かにしていますが、進行していることは確かです。

■バブルと今

――あらためてバブル崩壊から現代までを振り返って、教訓にしなければいけないことは何でしょうか。

みんなが言っているから、とか歴史がこうだったから、という考え方は危険ということです。自分の立ち位置、自分の時間軸で考える意識さえ持っていれば、バブルになろうがバブルが崩壊しようが関係ない。人類初めてのバブルと言われる「チューリップ・バブル」では、チューリップの球根が1つ4000万で買われ、その後「買い手がいない」と分かって暴落しました。自分をしっかり持っていないと、狂気の沙汰に巻き込まれてしまうことは歴史が証明しているんです。

――23年の投資人生で、一番大きな発見は何ですか?

私がワンルーム投資を始めた頃、土地のついていない小さな区分というのは上物だけがどんどん減価償却していき、いつかは価値がゼロになるという前提でした。でも実際に30年近くやってみると全然違って、築40年ほどで担保価値が100万円以下の区分で6、7万の家賃は取れる。それが600万、700万で取引されていて、つまり土地のない区分が値崩れしていないわけです。

ヨーロッパやアメリカでは築200年、300年の物件が売買されている。「使える」「住める」で価値が決まるのがグローバルスタンダードなんですが、日本の場合は不動産業界として中古物件の調査情報を広く一般に伝えるルールと仕組みがなく、銀行も不動産の専門家ではないので担保価値は築年だけでしか見られないから、いまだにガラパゴスな発想が残っている。そういう価値判断が現金投資の視点から見れば正しくないと分かったことが、自分の世界での一番の発見です。

――不動産投資において、過去の歴史から学べる「不変の法則」のようなものはあると思いますか?

やはり自分の目的から思考すること。自分ワールドの時間軸で考えて、数字的にダメなものはダメということです。株は時間軸で考えることができなくて、この企業の株価が来年どれぐらいになるかは分からない。でも、この物件の家賃が3年後にいくらと聞かれたらだいたい分かるし、自分でそう持っていくこともできる。時間軸で未来を考えられることが、不動産の大きな特徴なんですね。

もう一つは、その時間軸の中で何かがあっても、自分でリカバーできること。リフォームが得意な人ならボロ物件を直せばいいし、そうじゃない人は優秀な管理会社と信頼関係を築くとか、自分の能力と時間軸を含めて計算できる世界。自分で計算をしてみて、危ないなと思ったらやらなくていい。ご飯は食べなければ生きていけないですが、不動産は持たなくても生きていけますから、無理をせずに自分の物差しでできることだけやるべきなんですよね。



今も精力的に物件探しを続けながら、予想外の事態に直面しても安定収入が得られる仕組み作りに力を注いでいる芦沢さん。物件の未来を見通す目、そしていつでも自らを軸に物事を思考する意識など、区分投資家以外にも学べる部分は大いにありそうだ。

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